トン族南部方言地域における「行歌坐月」習俗及びその構造について考察
牛 承彪

 トン族南部方言地域において、娘たちが寝泊まりするところに、男性が訪れて歌掛けを行う「行歌坐月」の習俗がある。男女の交際を目的とした歌掛けは室外型と室内型に大別できるが、場が異なるため、歌唱法及び歌詞表現に異なる特徴を帯びる。室外型は山で歌われる場合が多く、歌い手は谷を隔てるなど、一定の距離に置かれている。したがって高音部(高い音域)で歌われ、歌詞も赤裸々に自分の気持ちを表す。それに対して、室内型は歌い手同士の距離が近く、周囲に娘たちの家族もいるため、地声や裏声で歌われ、歌詞も婉曲表現が用いられる。
 この習俗は現在のトン族地域でほとんど消失している。その元来の生態を知るため、2014 と 2015 にかつての経験者に依頼して歌掛けを再現してもらった。本発表ではこの時の動画を基本にしながら、「行歌坐月」の構造を明らかにし、歌詞表現上の特徴を考察する。

トン族大歌の保護と伝承――鄧敏文氏等の取り組みを中心に――
曹 咏梅

 トン(侗)族大歌は指揮のない、楽器の伴奏のない、多声部の合唱芸術である。大歌は貴州省の黎平、従江、榕江及び広西三江の一部の村に伝わっているといわれ、民間では主に男女の歌班によって伝承されてきた。歌班は村、鼓楼或いは房族によって、年齢別に構成されている。トン族大歌は 2009 年に世界無形文化遺産に登録されて、今日では中国を代表する無形文化遺産であるが、20 世紀 90 年代では出稼ぎブームなどによって村では大歌を歌う人が減少し、大歌は次第に衰退し、その伝承も危機にさらされていた。トン族文化学者である鄧敏文氏(元中国社会科学院教授)は 2000 年以後から黎平県岩洞鎮岩洞村を基地として、大歌の保護と伝承のために様々な取り組みを行ってきた。
 本発表では、トン族大歌の変遷とともに大歌の保護と伝承のためにどのような取り組みが行われたのか、鄧敏文氏等が行った取り組みを中心に見ていきたい。

中国湘西苗族の結婚儀礼歌掛け
真下 厚

 2012 年 8 月に湖南省鳳凰県新桃村で行われた結婚・子ども誕生儀礼の歌掛けについて映像資料と翻字資料をもとに考察する。この歌掛けの苗語翻字は鳳凰県苗学会編集主幹唐建福氏と正客側の歌師呉求安氏によるもので、歌い間違いも含めてすべてが文字化された精度の高いものである。また、加
えられた注記は県内の地域方言や漢語からの借用語、歌特有の語などの指摘から表現技法、歌掛けのルールに及ぶような詳細なものである。
 本発表ではこうした資料に基づいて、歌師の歌作と歌い手の歌唱、歌の優劣、比喩表現などの問題について、歌掛けの生態を踏まえて考察するものである。なお、歌掛けは村の入り口で行われるものと室内で行われるものとがあるが、時間的な制約があるために前者の「門を塞ぐ」歌掛けを中心に取
り上げることとする。