シンポジウムは、二人が報告者し、それにたいして一人がコメントを付け、それをふまえて、会場の皆さんとディスカッションするかたちで進めたいとおもいます。報告者の発表の要旨は次の通りです。
思想の場としての相互唱―中国壮族の人々のうたの実践より
手塚 恵子(京都学園大学)
中華人民共和国の東南部に暮らすタイ系の民族である壮族は、うたを掛けあう習俗をもつことで知られている。うたの掛け合いは人生儀礼や祭あるいは定期市で、儀礼としてあるいは楽しみのためにうたわれてきた。壮族にとって、うたの掛け合いの華は相手のうたをうまく切り返すことにあるので、相手がうたい掛けてくる以上、それが自分にとっては未知なものごとであっても、自分なりに咀哨してうたの言葉として紡いでいかなければならない。壮族の人々はこのようにして自分たちの思考を広げていくのである。このことから、ひとたびうたの掛け合いの回路に乗った思想は、瞬く間に人々の間に浸透し、しばしば為政者の恐れるところとなった。
本報告では、フィールドワークによって得られた壮族の掛け合い歌を提示しながら、壮族の事物の認識の方法とその表現のあり方を論じていく。壮族のうたはリアルはフィクションで、フィクションはリアルにうたわれる。うたの意味するものはうたの内側にはなく、うたの外側にあるのである。
歴史は合唱だ―南アフリカ・グリクワの人々のうたうことと歴史性
海野 るみ(羽衣国際大学)
南アフリカで1 8 世紀以降展開されたヨーロッパによる植民活動は、多様な出自の人々からなる共同体を生み出した。グリクワはそうした人々の末裔とされる。なかでもル・フレー一族に率いられる「ル・フレーのグリクワ」の人々は、彼らが「預(予)言者」と呼ぶ初代チーフの遺した予言やエピソードなど を語ったり、そうした予言やエピソードと結びついた賛美歌を合唱したりすることで、いま彼らの目前にある課題に解釈を与える。この実践の総体を、彼らは「歴史 ges k ie de n is 」と呼ぶ。
本報告では、フィールドワークにより得られた賛美歌やそれをうたうことによる「歴史」実践の事例を提示しながら、グリクワの「歴史」概念やその構造を説明する。それを基に、ル・フレーのグリクワの人々にとって、うた(賛美歌)そのものの意味よりも、そのうたにまつわる彼ら自身の「歴史」的状況とそれを声に出す行為が重要であることを明らかにする。