中央アジアの語り手バクシ -過去と現状-
ハルミルザエヴァ・サイダ

 中央アジアの語り物の研究は20世紀前半に始まったのに関わらず、途中で低迷してしまい、戦後発表されたジルムンスキ氏やザリフォフ氏らの研究が中央アジアの語り物の研究史において最大の研究成果だった。現在行っている研究(日本と中央アジアの語り物と即興性との関係に関する比較研究)に際して直面した問題の一つは、中央アジアの語り物に関する情報を提供できる研究論文・書籍・音源の不足である。そのため、2008年8月・2011年8月2回、中央アジア(ウズべキスタン)でフィールドワークを行い、中央アジアの語り物や語り物の担い手であるバクシ(Bakhshi)について調査を行った。
 調査旅行ルートはウズベキスタンのサマルカンド市からシェラバド町までの範囲をカバーした。調査はカシカダリヤ州のコディルバクシ村(デフカナバド町(Dekhanabad))、スルハンダリヤ州のカッラモゾル村(シェラバド町(Sherabad))を中心に行われ、ウズベキスタンの南にあるスルハンダリヤ州・カシュカダリヤ州において現在活動しているバクシを対象とした。現地では、優れた伝承者として認められた8人の語り手と連絡が取れた。そのうち6人と直接対面し、当州の語り手集団とコネクションを作ることができた。そして、語り手の村に滞在し、彼らの家族・隣人と交際できた体験や語り手が呼ばれたイベントへの参加及び5人のバクシを対象に行ったインタービューを通じ、ウズベキスタンの語り手・語り物・語りの文化の現状に対する理解を深め、今後の研究の基盤となりうる最新情報を入手できた。
 発表では、中央アジアのバクシという語り手の過去と現状について発表させていただきたい。(発表では資料としては写真・ビデオを使用する。)
【バクシは語りを専門とする芸能者のことであり、現在でも少数ながらウズベキスタンで活動している。20世紀前半、ウズベキスタンにおいてバクシの研究を行ったジルムンスキやザリフォブによれば、バクシは過去において芸能だけでなく、宗教的職能者としての役割をも担っていたという。バクシの活動はウズベキスタンだけでなく、新疆ウイグル自治区を含め、中央アジア全体において確認されている。バクシという言葉は梵語のBhikchuまたはBhiksuを語源とし、比丘・僧という意味である。バクシは仏教とともに中央アジアの各地域に伝播し、当地域におけるイスラムの影響が強まるにつれ、仏教とバクシとの繋がりが薄れていった。19-20世紀においてバクシが仏教と直接的な繋がりを持ち続けた地域は中国の新疆ウイグル自治区のみである。】

ラオスの掛け合い歌「カップ・サムヌア」における場と掛け合い
梶丸 岳

 本発表は私が2013年にほぼ半年かけて調査してきたラオス北部フアパン県で、ラオスの主要民族であるラオ族によって主に歌われている掛け合い歌「カップ・サムヌア」について紹介する。長詩型の掛け合いであるカップ・サムヌアはもともと結婚や家の新築などさまざまな場で歌われていたが、近年はほぼ追善供養儀礼の夜に歌われるのみとなっている。ここでは呼ばれてきた男女の歌い手がケーン(ラオス笙)の伴奏で掛け合いを行なう。その歌の内容は基本的に追善供養儀礼という場を前提にしたものになっているが、そのあいだに恋愛の掛け合い「カップ・トーニェー」が行なわれたり、また客からおひねりを出された場合にはその客を言祝ぐ歌を歌ったりする。本発表では、具体的に書き起こした歌詞を事例として呈示しながら、こうした多様な歌の掛け合い全体がどのように場を指向しているのか、場との相互行為という観点から考察する。

憑依する白族の女性達―雲南省洱源県橋后における観音会調査報告―
岡部 隆志

雲南省大理白族自治州洱源県橋后における観音会は1998年以来3度調査している。ただ、調査地がかなり山奥であり、しかも徹夜で行われる祭りであるなどの理由でその全体像をなかなか見る事が出来なかった。前夜祭における儀礼や憑依を伴う踊りや歌掛けは調査していたが、翌日の観音会の儀礼はまだ未調査であった。だが昨年ようやく観音会当日の儀礼の様子を見ることができた。剣川や洱源県の白族の村には媽媽(ママ)会と呼ばれる土着仏教系の婦人組織があり、観音会はこの組織の女性達による儀礼である。10年ほど前に、この観音会の開会式で、弥勒菩薩の仮面舞を見た。それは沖縄のミルクとほとんど同じで、この仮面枚の由来についても調査したいと思っていた。今回の調査ではすでに弥勒舞は行われていなかったが、由来については知る事が出来た。観音会の儀礼といっても僧侶による厳かな儀礼があるわけではなく、山頂の寺院(観音だけではなく、道教の神々なども祀られている)に女性達が、年中行事の一つとして参拝するだけのものだが、介添え役の女性がいて、時にその介添え役の女性のもとで参拝する女性が神懸かる。前夜の夜中に、寺院内で休んでいた老婆の神懸かりの様子も含め、今回それらの憑依の映像を撮影できた。発表では、これまでの調査の概要と、映像を使って、変容していく歌掛けの様子や観音会の憑依を伴う参拝儀礼について報告したい。