即興性と意味の複層性―カザフのアイティス〈歌の掛け合い〉の事例から
アンダソヴァ マラル

 カザフにおけるアイティスでは即興で作詩ができるという即吟詩人(アクン)たちが対決する。アイティスのテーマは、民族の歴史や伝統、現代社会問題、土地性などであるが、歌い合うアクンたちは対決に勝つためにお互いのおかしなところをいじり合い、観客を笑わせる。そうした中で、その場の特徴(相手の服色、様態、有名人の来場)が即興で作詩され歌われる表現、また、一つの詩歌の中に複数の意味が入れ込まれている表現がみられる。発表において即興性と意味の複層性に注目し、アイティスの分析を試みる。

結婚式の哭き歌 ― 喬后鎮白族の婚姻儀礼
富田 美智江

 中国の伝統的な婚姻習俗の一つに、花嫁とその親族が別れを惜しむ「哭嫁」がある。中でも西南地域の土家族や壮族などでは、花嫁らによって「哭嫁歌」が歌われることが知られているが、今日ではそうした光景が見られる地域は減少しているという。  本報告では、2002年4月に取材した雲南省大理白族自治州洱源県喬后鎮の結婚式について、哭き歌を中心に紹介する。取材した村は旧暦8月1日の観音会で歌の掛け合いが見られることで知られる小石宝山のふもとに位置する。本報告の哭き歌は、花嫁行列が出発するときに花嫁の母と妹によって歌われたものである。花嫁との別離を歎く結婚式の哭き歌を整理し、今後の喪葬儀礼における哭き歌との比較に向けての一助としたい。

女書歌とヤオ族の歌の音声表現における一考察
 ― 女書伝承地域及びヤオ族村での現地調査の実態を通して―
劉 穎

 女書歌は、中国湖南省江永県一帯の山村で発見された、女性だけが読み書きできる文字「女書」で綴った韻文を指す。女書は二十世紀八十年代に学者のフィールドワークで発見され、世に知られるようになった。その後始まった女書研究では、文字の形を分析することでその成り立ちや属性を推測する論著が多く、研究者の主要な関心は女書という文字そのものにあったといえよう。しかし、女書という文化表象においては、その文字だけでなく、その音声表現も無視できない機能を担っている。女書の原作はすべて韻文である。韻文は声の抑揚で心の訴えを表現する文体である。 女書伝承地域である江永県は、漢民族とヤオ族とがほぼ半々の割合で混住する地域である。女書伝承地域の漢民族の人々も、その周辺のヤオ族村の人々も、歌で感情を表わす風習を持っている。女書歌のメロディがヤオ族の歌のメロディであるとの説もある。 本発表では、現地でのフィールドワークの実態を紹介しながら、女書歌とヤオ族の歌の音声表現という視点から、それぞれの特徴と両者の文化交渉を探りたい。