第28回大会(シンポジウム「病と祓」)の記録を公開しました

シンポジウムの記録
「病と祓―病気治療をめぐる東アジアの比較文化史―」

日時:2014年12月13日(土)10:30~17:30
場所:於上智大学四谷キャンパス
主催:アジア民族文化学会
共催:2014 年度上智大学教育イノベーション・プログラム
   「比較日本文化研究(ジャパノロジー)における領域横断型人文学プログラムの開発」
協賛:上智大学研究機構/上智大学キリスト教文化研究所/上智大学史学会
    /共立女子大学・短期大学総合文化研究所

【シンポジウムの趣旨】
 現在、世界的に問題となっているエボラ出血熱の流行や新種インフルエンザへの懸念、今夏日本でも話題になったデング熱の感染などからも明らかなように、病の展開は人間の文化・文明の歴史と密接な関連を持っている。東アジア地域においては、病を何らかの神霊の所為と捉え、それと交渉し、除去することで治癒を図るという知・技法が、古代から連綿と伝えられてきた。果たしてこの堅固な心性は、なぜ長期にわたり持続してきたのだろうか。  本シンポジウムでは、中国少数民族モソ人の宗教者ダパによる病祓いを実見し、これを共有財産としながら、中国少数民族文化における病/治癒呪儀の実相、中国史におけるその起源・原型の探究、日本列島における歴史的・民俗的事例との比較検討を通じて、東アジア地域における病/治癒表象の歴史、各地における共通性/固有性、接続/孤立の様相について意見交換してゆきたい。(文責:北條勝貴)

パネリスト
張正軍 氏(寧波大学 文化人類学・中国少数民族文化研究)
森和 氏(成城大学民俗学研究所 歴史学・中国古代史)
斎藤英喜 氏(佛教大学 神話・伝承学)

コメンテーター
北條勝貴 氏(上智大学 歴史学・東アジア環境文化史)
東賢太朗 氏(名古屋大学大学院 文化人類学・東南アジア地域研究)

司会
遠藤耕太郎 氏(共立女子大学 日本古代文学・中国少数民族文化研究)

10:30 開会挨拶(山田直巳 氏)
10:40 シンポジウム趣旨説明(北條勝貴 氏)
10:50 モソ人の病祓いの儀礼について(張正軍 氏)
11:10 モソ人の病祓い儀礼ニャムチの実際(遠藤耕太郎 氏)
11:30 戦国秦漢時代の簡帛資料に見る病因と対処法(森和 氏)
12:10 いざなぎ流の病人祈祷の世界(斎藤英喜 氏)
12:50 ダパの病祓い儀礼に関する説明(遠藤耕太郎 氏)
14:00 中国雲南省モソ人の宗教者ダパによる病祓い儀礼
15:00 パネル・ディスカッション

※今回のシンポジウム全体の成果は、アジア民族文化学会機関誌『アジア民族文化研究』14(2015年3月)に掲載しました。併せてご参照ください。

総括―シンポジウム「病と祓―病気治療をめぐる東アジアの比較文化史」に寄せて
東 賢太朗


【ダパによる病祓い儀礼「ガニャム」実演の記録】

準備・ダパへの質問(1/2)

準備・ダパへの質問(2/2)

儀礼の実演

解説

 用意するものは以下の如くである。チベット麦約1キロ。ヤクのバター約250グラム。ロピと呼ばれる木の板1枚。木製の桶。底が浅く目の詰まった竹籠。麻糸一本。ヒトガタに着せる布2切れ――1切れは新しい麻布、1切れは病人の着たことのある衣服を切ったもの――。コインまたは銅塊。煙を出すための野生の葉。炭を置くための瓦一枚。炭。爆ぜた苦蕎麦の実。ダパの使う呪具。(この度の実演では、チベット麦、ヤクのバター、苦蕎麦の実、呪具は持参したが、その他のもの代用品を使った。) ガニャムを行う準備として、まず桶のなかで、チベット麦の粉と水を混ぜ合わせて捏ね、ヒトガタを二体作る。ヒトガタは男女の形態に差がある。この度の患者は女性であったため、女性のヒトガタを作った。
それぞれにヒトガタに、棒状の呪具を押し付け、患者の性別及びダパの神の刻印を押す。一体のヒトガタ(ヒトガタ1)には新しい衣服を着せ、もう一体(ヒトガタ2)には病人の着たことのある衣服を切った布を着せる(この度のガニャムでは、用意した布を患者の体を拭わせてから用いた)。ヒトガタ1の胸にその心臓を表すコインを差し込む。また干支を表すヒトガタを患者の年齢の数だけ作り、患者の性別にあった刻印を押す。ヒトガタ1を木の板(ロピ)の中央に立てて置き、その周囲に病人の年齢の数だけの干支を表すヒトガタを置き、それぞれの頭にヤクのバターを少しずつつける。竹籠の中に爆ぜた苦蕎麦を入れ、その上にヒトガタ2を横に寝かせて置く。なお、こうした準備はすべてダパが自身で行う。

 このように準備を整えてから、ダパはヤクのバターを、火を付けた炭の上に置き、煙を出しながら、ガニャムの呪文を唱え始める。この煙は異様な匂いがするが、この匂いによって鬼を祓うのだという。しばらくは呪文を唱えるだけである。これは後掲の資料「ガニャムの呪文」のⅠからⅣに相当し、ダパが病の原因を追及していく部分である。 次に、ダパは患者に苦蕎麦を爆ぜたものを触らせ、それを籠の中に入れる。苦蕎麦を爆ぜたものはヤクの象徴であり、これにはヤクと引き換えにこの人の命を返してくださいという意味があると言う。この部分は資料「ガニャムの呪文」のⅥに相当する。 次に、病人の衣服を着せたヒトガタ2をダパが手に取り、患者の頭、胸を丁寧に撫でさすった後、再びそれを籠に戻す。これは、現在患者が罹っている病や穢れを付着させるのだという。

 次に、1メートルほどの麻糸を病人に持たせ、それを数回に分けてナイフで切っていき、切り終わった麻糸を籠の中に入れる。これは病を病人から切り離す象徴的行為である。資料「ガニャムの呪文」のⅤおよびⅦに相当する。 ダパはここで一旦呪文を止めて、ヒトガタなどを棄てに行く方角を占う。 方角が決まるとダパは再び呪文を開始して、今度は新しい衣服を着せたヒトガタ1、その周縁の年齢の数の干支を表したものを、それらを乗せた板ごと患者の頭上で回す。これはこの患者が将来的に罹る病や怪我や穢れを予め付着させるのだという。資料2「ガニャムの呪文」のⅧおよびⅨに相当する。 呪文を唱え終わると、ヒトガタ1、干支を表したものをそれらが載った板ごと、苦蕎麦やヒトガタ2の入った竹籠に入れ、さらにヤクのバターを焚いていた薪もすべて籠に入れる。助手が、ヒトガタなど全てをその方角に棄てに行く。ただし、ヒトガタ1や干支を表したものは丁寧に板に立ったままの状態で運ぶ。その後、家のものはガニャムで出たゴミ(穢れがついているという)を集めて、ヒトガタなどと同じところに棄てる。ヒトガタは二体とも棄ておいてくるのだが、ヒトガタ2(患者の衣服を着せられ、患者の頭や胸に擦りつけられたヒトガタ)は、鬼に穢れを戻す働きをするもので、鬼のところに送るという意味があり、一方、ヒトガタ1(新しい衣服を着て、板の上に置かれたヒトガタ)は、将来、この病人が罹る病や穢れを防ぐために遣わされたもので、これは鬼のもとに送るのではないという。

参考資料

「ガニャムの呪文」
 (1998年12月6日にダパの自宅で行われた病祓い儀礼の呪文。
  基本的な内容は今回の実演と同じ。)

ダパ:アウォ=トディ(98年当時27歳)
翻訳:アウォ=ジパ・張正軍
翻訳・日本語整理:遠藤耕太郎

【Ⅰ.巻頭言】
ジパという巳年生まれの男性は、病で熱があるため治さなければならない。悪い夢を見たので治さなければならない。魂が悪くなったので治さなくてはならない。よいことを言わず悪いことを言う。悪いことを話すのではなく、もっと悪いことを話す。心のなかで悩んでいることが多すぎる。寝たときに夢を見た。魂が悪くなったので治さなければならない。

(以下、ハナグという呪文。33句不明。)水が欲しいと言ったら、瓢箪に盛って与える。柴が欲しいと言ったら、斧で檜を伐って与える。木を伐ることの出来ないあなた。松の木を伐らない。柏香の木を伐らない。白樺の木を伐らない。薔薇の木を伐らない。鬼の木を伐らない。水神の木を伐らない。(1句不明。)伐ってもいい木でも、伐れないならできない。(18句不明。ここまで、ハナグという呪文の第一段落。)

【Ⅱ.病の原因としての夢】 (以下、ハナグという呪文の第二段落。1句不明。)一晩夢を見た。二晩夢を見た。たくさんの夢を見た。(一句不明)母屋の囲炉裏の石を見た。石が砕けるのを見た。(13句不明。)あなたが銅の鍋、鉄の鍋の端を歩いている夢を見た。あなたが自分の畑を耕さないで、他人の畑を耕しにいく夢を見た。(8句不明。)まったく知らない天地に着いた。あなた自身がいなくなってしまう夢を見た。まったく知らない山水に着いた。鶴がいなくなってしまう夢を見た。(27句不明。ここまでハナグ第二段落。)

【Ⅲ.病の原因としての動物】 (以下、ハナグ第三段落。3句不明。)ヤクはとても気分が悪くなり、大きな角を揺らしている。虎はとても気分が悪くなり、大きな牙をむいている。鷹はとても気分が悪くなり、長い爪を出している。蛇はとても気分が悪くなり、長い舌を伸ばしている。(3句不明。)病のないときに儀式を行うべきだ。風が吹かないときに垣根を作っておくべきだ。雨が降らないときに覆いを作っておくべきだ。(39句不明。)

【Ⅳ.病の原因の追究―合わない干支・火事や死者・自然状況・他民族・土木工事】 丑と未の干支は合わない。卯と酉の干支は合わない。辰と戌の干支は合わない。子と午の干支は合わない。申と寅の干支は合わない。巳と亥の干支は合わない。鶏がその足で地面を蹴り上げてあなたを驚かせたでしょう。猪がその足で地面を蹴り上げてあなたを驚かせたでしょう。【合わない干支】 火事で家が焼けたときにあなたはびっくりしたでしょう。死者の死体を焼くときにあなたはびっくりしたのでしょう。豚を殺して鉄を打つときにあなたはびっくりしたのでしょう。燃え続ける鉄のような火があなたを驚かせたのでしょう。(2句不明。)【家事や死者】 風に吹かれて雲が散ってしまったときにあなたは驚いたのでしょう。燃えている火のような雲があなたを驚かせたのでしょう。大風が吹いたときにあなたはびっくりしたのでしょう。【自然状況】 髭の生えている女性に会ったときあなたはびっくりしたのでしょう。髪の長いチベット族の人があなたを驚かせたのでしょう。ターバンを被っているペー族の人があなたをびっくりさせたのでしょう。【他民族】 大水が出て大風が吹いてあなたはびっくりしたのでしょう。新築のとき、新しい水路を掘るときにあなたはびっくりしたのでしょう。家の土台を作るときにあなたはびっくりしたのでしょう。【土木工事】

【Ⅴ.病の根源を断ち切る】 白い糸を切ると悪いものは全部切れてしまう。そんなに重い病ではない。その源を切ってしまう。(ヒトガタを)上から切ったその日、十二の干支は切っていない。(ヒトガタを)下から切ったその日、(病人の)命を切っていない。吉祥で運のよい福は切っていない。悪い夢を見る病を切ってしまう。魂の抜ける病を切ってしまう。よいことを言わず悪いことを話すものを切ってしまう。よくない思いを切ってしまう。夢を見るものを切ってしまう。

【Ⅵ.ヤクと引き換えに魂を返してもらう】 誰がその身代わりを切り離すのか。あなたの身代わりはもう切り離した。何千頭の白いヤクの身代わり、何百頭の黒いヤクの身代わりはもう切り離した。(7句不明。)何千頭の白いヤク、何百頭の黒いヤクは今晩、もう返した。 【Ⅶ.病の根源を断ち切る】 チベット麦で作ったヒトガタを、上から指すときにはその干支を指さない。下から指すときにはその本命を指さない。吉祥の運気を切らない。(1句不明。)病にさせたものを切り捨てる。でたらめなうわさを切り捨てる。(1句不明。)気分が落ち込むもとを切ってしまう。ペー族の下痢の病のもとを切ってしまう。

【Ⅷ.ヒトガタに将来の穢れを防ぐことを命じる】 誰が身代わりになるとしても、チベット麦で作ったヒトガタ、人はその皮に過ぎない、ご飯はその中にある。予見できない病や禍を、チベット麦で作ったヒトガタよ、あなたが見て来なさい。防ぎきれない病を、チベット麦で作ったヒトガタよ、あなたが防ぎに行きなさい。川沿いに行ってはいけない。あなたが川沿いに行きなさい。病人はその穢れを祓う。道を案内するものが道を清浄にする。上から言うと神(ガラ)が売った。下から言うと鬼(ツルァ)が買った。 チベット麦で作ったヒトガタよ、あなたが祓いに行きなさい。他の人が罹った病を、あなたが治しなさい。あなたが罹った病は他の人に治してもらう。

【ⅸ.ヒトガタによって祓いきれない鬼を脅す】 辛い味、苦い味から見て、香木の味、ヤクのバターの味から見て、上の炉にある水、私はその沸騰した湯をあなたお前(鬼)に浴びせる。下の炉にある灰、私はその灰をあなたにかける。すべてのよくないものにかける。祓えないもの、防げないものを、チベット麦で作ったヒトガタよ、あなた(ヒトガタ)が祓いに行きなさい、防ぎに行きなさい。 ※この資料「ガニャムの呪文」は、1998年12月6日に、トディ(ダパ)が彼の実家でともに暮らす妹アウォ=ツルィゾに施した「ガニャム」の呪文を整理したものである。今回の呪文も基本的に同じである。

※儀礼の次第及び「ガニャムの呪文」は、遠藤耕太郎「モソ人の病祓い儀礼「ニャムチ」の実際と考察」(『アジア民族文化研究』14・2015年3月)より、適宜抜粋した。

※今回ダパが作ったヒトガタの形状は、1998年12月6日にダパの自宅で行われた病祓い儀礼でのそれと基本的には同じであった。

以下、参考のために、98年の儀礼で使われたヒトガタの写真を掲載しておく。